僕が常々思っていること、今回は声について記します。
「声とはこう思えてならない。点と線について」
1.声は点と線でできている。点と線は声楽の基本である。
①点と線は1点ぴゅうーぴょんとなる。声は点に始まり、線となり、終わりは上向き。
●→ ―――――― → ――――――↑
②点と線は正確で、点には点、線には線の力がなければならない。
③線には息の力が必要で、正確にラインを描くためには、いらないビブラートに注意
④線には、これから向かっていくクレッシェンドがある。音量的に、クレッシェンドにな っても、息が太くなってはならない。
⑤線には、終わりを弱くするディミネンドがある。音量的にディミネンドになっても、内的に音が充実していなくてはならない。
⑥そのクレッシェンド、ディミネンドの大きさ、長さ、開始の場所と終わりの場所は、歌詞の意味、また音楽的な動きにより決まる。
2.共鳴について
①我々が目指す声(歌声)とは、東京文化会館大・小ホール、新国立劇場大・中ホール、etc.のホールの中心に立って歌ったときに、すべての階のすべての客席に隅々まで届く声。グランドピアノ、バイオリンなどが、なぜあのような形をしているのだろうか。楽器全体が響きやすい形をしていると思う。人間もその共鳴腔を十分に使いこなす、そのための技術を持たなければならない。
②一人一人違う共鳴腔なので、その技術は自分自身の共鳴体について研究して、あなた自身の体と心を駆使し、さらに先輩諸先生方の意見を聞きトレーニングする。声は一生磨き続けて欲しい。
③なるべく高いところに共鳴腔を作る必要がある。しかし支えは低いところに置く。すべてにおいて拮抗関係、バランスが大事。
3.情緒と健全なる点と線について
点と線は健全でなければならない。演奏する際には、すっきりとした健全な点と線を目指し、詩の意味や、音楽の形に影響されないようにする。情緒に流されず、"息の流れによって描かれた美しいライン”そして”健全なる点と線から生まれた1点ぴゅうーぴょん”から結果的に情緒も、音楽的表情も表出する。
4.表情・・・笑い顔
恵まれた骨格でもさらに共鳴させる。点と線をどの表情から描くのか・・・笑うときに表情と心のように、歌うときの筋肉は必要な時にだけ緩み、必要な時に必要な緊張を求められるべき。
中山悌一先生は、普段は苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが、歌うときは笑顔だった。歌う準備に入ると、意識していたのか、無意識だったのかわからないが笑顔のような表情となり、笑顔で動く筋肉を十分に働かせて、結果的に演奏に役立っていたのであろう。それに引き換え、こちとら某演出家に、「おまえは笑い顔が泣き顔になる」と言われていた。意識して笑っても泣き顔になる僕の顔だから(眉が垂れているからか?)まだまだ僕の声への追求は続きます。
5.発光体になる。~華~
舞台ではその声も存在も、自身が発光体となるごとく、光りを放たなければならに。華、オーラともいうが、生まれ持ってあるものなのか、努力した結果の自信から湧き上がるものかはわからないが、発光体というイメージを持っていてほしい。